2006年

文教人権常任委員会

 九月議会

 


三月議会

3月15日

○山下委員 それでは、質問させていただきたいというふうに思います。
 まず、人権の関係でお伺いをしますけれども、昨年の12月の議会の中でも、市の広報に、外国人に対する差別が生じていたということで、質疑をさせていただきました。改めて、今の外国人に対する本市での差別事象ということで、具体的にどういったことが、どの程度起こっているのかということでお示し願いたいというふうに思います。
 それと、外国人差別の原因になっているもの、これは一体、何なのか。それから、そういった差別が起こった際の対応について、改めてお聞きをしたいというふうに思います。それから、市の施策の中で、こういった外国人差別に対応するものとして、どういったことが行われているのか、お聞きをしたいというふうに思います。
 それから、これは人権のほうで把握してるかどうかわかりませんけれども、本市の居住者の中で、外国籍を持っている方は、どれぐらいだというふうに把握されているのか。また、その数は、年々どういった傾向にあるのか。これは所管もちょっと違うところもありますので、わかる範囲で結構です。
 それから、こういった外国人差別に対して、やっぱり行政の対応として、茨木市の中で快適に人間らしい生活を営んでいく、そういった環境づくりが必要かなというふうに思うんですけれども、駅とか金融機関、コンビニ、不動産、バス停留所、公衆電話、防災避難の案内、こういったところでのいわゆる多言語化、これも人権施策として、私はやってもいいというふうに思いますけれども、こういった状況について、どの程度、把握をされているのか、お聞きをしたいというふうに思います。
 それから、教育委員会のほうですけれども、学校での外国人に対する理解、認識を深めてもらうというのも、いろいろと取り組まれているというふうに思いますけれども、現在、学校の中で、どういった取り組みをされているのか、この際、お聞きをしたいというふうに思います。
 さらに、社会教育という場面で、それは一体、どうなっているのかということでお聞きをしたいというふうに思います。
 とりあえず、それだけでお願いします。


○山下委員 そしたら、私はことしの予算の中で、何らか対応するものというのがあるのかどうかという、これはお答えいただきましたか。今言ったのが答えやということやったら、そうしましょうか。今言ったのを答えにしましょうか。
 確かに、外国人への差別をなくする取り組み、それから、快適に本市の中で生活をしていただく取り組みというのは、ただ単に、人権だけの部局では、これはやっぱり足りないというふうには思うんですけれども、先ほど言った、いわゆる公共施設での多言語化、これは各自治体の中でも取り組みがだんだんと進んでおりまして、やっぱりいろんな方々が本市の中に住まわれていると。ただ単に、日本人だけが快適に住めばいいということではありませんので、ぜひ、多言語化の取り組みということについては、お願いをしたいというふうに思います。
 もう、時間がないので、次から次へ行きたいというふうに思いますけれども。
 それから、学校の施設関係ですけれども、一定の論議が今回もあったわけですけれども、私は特に、学校でのエレベーターの問題、本市で障害を持っている方が実際、どれぐらいいらっしゃるのか。いわゆる、エレベーターを使わざるを得ない、あるいは使って当然というような障害児、これは本市の小学校、中学校の中で、どれぐらいいらっしゃるのか。それに対する対応は、どういうふうになっているのか。
 現在、設置されてる学校、それから、現在、計画をされてるところ、それから、年次計画というのがあれば、そういったものも含めてお聞かせ願いたいというふうに思います。
 既にエレベーターが設置されているところは、それでいいんですけれども、エレベーターが設置をされていないところ、これは学校現場の中で、教職員、クラスメートとか、そういった中で、どういった形で移動をされているのか、ちょっと詳しくお聞きしたいというふうに思います。
 それから、学校での健康診断を以前、取り上げました。そのときに、いわゆる宿題になっているようなところもありましたので、改めて、その点についてだけお聞きをしたいというふうに思いますけれども、1つは、いわゆる健康診断の中で、身長、体重、座高、胸囲の具体的な測定の意義について、十分把握しておりませんと、再度調べたいという答弁があったわけですけれども、これは再度調べて、どうであったのか。
 それから、健康診断のときの、いわゆる個人のプライバシーの問題ですね。生徒・児童のプライバシーの点について、これは全体的な調査をするという形の答弁をいただいたわけですけれども、これは既に調査をされていると思いますので、その結果をお示し願いたいというふうに思います。
 それから、先ほどの4つの具体的な測定等ですけれども、いわゆるこういったものは全部、数値であらわされるわけですけれども、この数値は本人さえ知っておればいいと思うんですね。だから、生徒や児童が並んでる中で、丸々さんや丸々子さんが、それぞれ身長が何ぼで、体重が何ぼで、胸囲が何ぼということは、クラスメートの中でも知らされないほうが私はいいんではないかというふうに思いますけども、どういった配慮がなされているのか。
 要するに、測定をされて、それは個人のプライバシーにかかわる問題として、その子だけに伝えられる、あるいは記載をされると。そういったことについては、どうなっているのかということでお聞きをしたいというふうに思います。
 それから、教育委員会の規則についても、ちょっと年度内にやるというふうに答弁をいただいて、それ以上、私ももう突っ込まないようにしてるわけですけれども、年度内というても、あと2週間余りで年度が経過をしますけれども、現在の状況は一体、どういうふうになっているのか。
 それから、あわせて規則の中で、どういう点が変更になっているのかということでお聞きをしたいというふうに思います。

○山下委員 エレベーターの関係ですけれども、肢体不自由の児童・生徒が7名いてるということで、先ほど学校名をあげられて、既にでき上がっているところ、それから今後、設計をするところということですけれども、名前の今、あがった小学校、中学校以外には、こういった肢体不自由の児童・生徒はいらっしゃらない、こういう理解でよろしいですか。
 だから、要するに一番最後のところ、大池と西陵が、新年度の予算で設計をされるということまではわかるわけですね。そしたら、これで、もう全部、肢体不自由の児童・生徒さんはカバーできる状況になるのかどうか、それを改めて、お聞きをしたいというふうに思います。
 それから、私はこういった児童・生徒については当然、一刻も早く、それに対応すべきやというふうに思いますけれども、こういった、確かにお金のかかることですので、前倒しというのは大変かもしれませんけれども、そういった考え方の中で、やっぱり対応すべきでないかというふうに思いますけれども、見解をお聞きしたいというふうに思います。
 それから、健康診断の問題ですけれども、私は、これは今の段階で間違ってましたということを言われたら、やっぱりおかしいんじゃないですか。
 だから、それこそ1年前にこれで質疑をさせていただいて、その中で調査をしますとか、いろいろ答弁もおっしゃってるわけですよね。そしたら、6月の議会はなかった。9月と12月議会ありますよね。そのときに、いや、胸囲はもうやっていませんでしたと。これ、胸囲をやっていなかったというのがわかったのはいつなんですか。わかった後のその後の議会の中で、事実が異なっているんであれば、3月議会でこういう答弁をしましたけれども、実はこうでしたというのは、できるだけ早く私は対応すべきやというふうに思いますけども、その点どうなんでしょうか。
 それから、この教育委員会の会議規則ですけれども、3月の教育委員会の定例会で出されると、こういうことですけれども、どういった中身ですね、そら私はいろいろ指摘をしてますけれども、それもすべて盛り込まれる中身になってるんでしょうか。その点ちょっとお聞きをしたいというふうに思います。  とりあえず、それだけお願いできますか。


○山下委員 そしたら、エレベーターの件については、あと3校を対応していかなければならないと、こういうことなんですね。それで、小学校で6年、それから中学校で3か年の学業という形になるわけですけれども、障害を持っている児童が、例えば、中学校に入って、もう3年間、何の対応もされないまま、エレベーターも何も設置されないままに卒業していくということが、私はやっぱりあると思うんですけどね、非常に冷たいのではないかというふうに思うんですね。要するに、小学校に6年間在籍をして、中学校に進学すると。中学校に行った段階で、もう既に必要性というのは小学校のころからずっとわかっているわけですよね。
 もちろん、市外から本市に入ってくる児童については把握できないかもしれませんけれども、本市の小学校にいらっしゃって、本市の中学校に行かれると。そしたら、そういった肢体不自由で学校内の移動に支障を持ってるということはずっとわかってる。しかし、小学校の中でも、小学校はわかりませんけれども、例えば、中学校の中でも何ら対応をされずに卒業をしていくというのは、私はちょっと残念な思いをするわけですけどね。前倒しでエレベーター等の設置をするということについては、できないのかどうかですね。
 やっぱり先ほど、移動の関係でスムーズにいってない、何かちょっと聞き漏らしましたけど、移動させるための機具といいますか、それを使っているわけですけれども、通常、エレベーターであれば、例えば、1分で移動できるのに、それやったら5分も10分もかかってしまうと。そういった状況が既にあるわけで、私はやっぱりエレベーターの設置も含めて、あと、いろいろと障害を持ってる児童というのは、機具さえあれば、あるいはお金さえかければ、普通に学校の中で生活ができるというケースというのは、いっぱいあるというふうに思うんですけどね、そういった手だては優先して、やっぱりやっていくべきではないかというふうに思いますけれども、その点についての見解を再度、お伺いをしたいというふうに思います。
 それから、教育委員会の規則については、私、見ておりませんので、本当に指摘した中身がきちっとなっているかどうかという確認はできませんけれども、それは、また見せていただいてから、問題があれば、再度、指摘をしたいというふうに思います。
 それから、次の件にいきますけども、いわゆる日の丸、君が代の問題ですね。本会議で10年間言ってきた人がおりましたけれども、私はずっとこだわってまいりました。昨日、私も平田中学校の卒業式に行ってまいりまして、どういうふうな対応であったかということ、できる限り、毎年行くようにはしてるんですけれども、改めて見ていたんですね。
 卒業式の中で、いわゆるセレモニーの部分、それから、卒業生と在校生との交流の部分といいますか、前半、後半という形に卒業式が分かれると、そういう状況があるわけですね。
 前半のセレモニーというのは、ありがたいお言葉がいっぱい出るわけですけれども、生徒が参加している、そういう感じにはならないわけですね。卒業式は、後半に在校生と卒業生との交流みたいなやつが出てきて、それから卒業生の言葉そのものが、非常にそこに参加されている方の琴線を揺さぶるといいますか、そういったことがあって、最終的には非常に感動的な卒業式になっていくわけですけれども、この中で、やっぱり日の丸、君が代の問題があるわけです。
 けさの朝日新聞の中で「ここまでやらずとも」という題の中で、朝日は、私はこのごろ非常に右傾化している新聞やというふうに思いますけれども、この朝日でさえ、処分してまで国旗や国歌を強制するのは行き過ぎだと。現在の中で突出しているのは、東京都の教育委員会ですと。石原都知事のもとで、こんなひどいこと、ようやってるなという状況が繰り返された。ことしは、さらにひどくなった。昨年で300人が処分されているわけですね。
 この中にもありますように、あるいは、いろんなところから、私、情報を知り得ておりますけれども、要するに、生徒自身が歌わなければ先生が処分をされると、こうった状況まで来てるわけです。朝日が指摘しているのは「もう都教委は生徒の内心の自由など、はなから考えていないとしか思えない」と、こういうふうに東京都の教育委員会を批判しております。
 それで、お聞きをしますけれども、日の丸、君が代というのは、そもそも一体、何なのかということであります。「日の丸」、これの意味するものは、一体、何なのかということで、お聞きをいたします。
 なぜ白地に赤い、あれはなぜ日本の国旗なのか。赤は何を指し、白は何を指しているのかと。そんなもん聞かんでもええやないかというふうに思うかもしれませんけれども、改めて、本市の教育委員会はどう思っているのかと、それの根拠もお示し願いたいというふうに思います。
 それから、君が代の意味ですね。君が代の意味、これは戦前と戦後で私はやっぱり変わってる。君が代は、戦前は、どういう意味で歌われて、現在は、どういう解釈をされているのか、お聞きをします。
 それから、「さざれ石の巌となりて」と。私は、小学校、中学校までは歌ってた。でも、高校からはもう歌ってなかったんですよ。ともかく日の丸、君が代とは、けしからんというふうに思ってまして、高校からずっと歌っておりません。それで、昔は「巌となりて」というのは祝意をあらわす、みんなで祝おうと、そういう意味やと思っていたんです。「巌」というのは大きな石ですか、何か大きな石を指すという、先ほど広辞苑で調べましたら、「高く突き出た大きな石」と、こういうのがこの「巌」という意味らしいですわ。「さざれ石」というのは「細かな石、小さな石」を指している、こういうことなんですけれども、この「さざれ石の巌となりて」というのは、普通はあり得ないことなんですってね。大きな石が砕けて小さくなるということはあるけれども、小さな石が大きくなることなんか、普通はないですよね。この君が代の歌詞は、どういうふうに解釈をされているのか、お聞きをしたいというふうに思います。
 とりあえず、それだけお願いします。


○山下委員 全然、答えが返ってきてないというふうに思うんですけれども。その前に、エレベーター等の施設改善、これについては鋭意取り組んでいただきたいということを申しあげておきたいというふうに思います。
 日の丸、君が代の問題ですけれども、私が聞いたのは、日の丸は一体、何なのかと。赤いのは一体、何なのか、白地は一体、何なのかということを聞いてるんです。それから、今の君が代の解釈というのは、私は間違ってると思うんです。ですから、現在は、文科省が各都道府県の教育委員会、それから市町村の教育委員会に対して、学習指導要領という形で対応しなさいということで、いろいろやってるわけですけど、今の解釈は大きな間違いだと思いますよ。
 国会の中での議論という点から言いますと、戦前、「君」が天皇を指していたというのは、そのとおりですけれども、現在の解釈はどうなんでしょうか。改めて、お聞きをしたいというふうに思います。


○山下委員 私が聞いておりますのは、「世界の国旗と国歌」、岩波ブックレットというのがあるんです。これの中で、それぞれ国旗、国歌のいわれ、それから現在の意味合い、そういったことを書いております。
 例えば、このイタリア共和国、この3色ですけれども、3色は当初、民主主義、独立、統一を象徴していたと。緑には、イタリアのよりよき未来への願いが込められていたと。ほかのところでも、例えば、イスラエルは、旗の色は青はイスラエルの空の色で、白は純粋をあらわすというふうに言われている。
 教育長が今おっしゃったのは、そういったふうに解釈ができると、そういうふうに、私は、思うという方がいらっしゃるということでして、国旗・国歌法というのは法律ですから、白は何を意味するか、あるいは赤は何を意味するか、それから君が代のそれぞれの文書ですよね、歌詞、これについても1つの、定める以上は、それぞれの意味合いというのが統一見解としてあるべきやというふうに思うんですよね。国旗・国歌法の議論の中で、それはどういうふうなものとして政府は答弁をしたのかと。あるいは、そういった議論は全くなかったということであれば、それはそれでも結構です。ですから、白地の意味、赤は太陽を指すと。これは政府見解ですか。
 それから、私が聞いたのは、君が代がそういうとらえ方をされているというのは、私もわかりますれども、「さざれ石の巌となりて」というこの文言ですね。これはおかしいのではないかというのは、国会の中でも議論があったというふうに私は思います。
 あるいは、国会での討論はなくても、議員というのは質問の主意書という形で政府見解を求めることができるというふうにありますけれども、別に細かいことにこだわってるようですけれども、国旗、国歌ということで、指導要領ということで学校現場にどんどんどんどん強制をされる。東京都の状況にまで大阪は至ってないし、茨木は至っておりませんけど、しかし、押しつけようとしているものは、一体、何なのかと、それはやっぱりきちっとせえへんかったら、押しつけられるほうはたまったもんじゃない。ましてや、「さざれ石の巌となりて」という、普通は考えられない文言が入っている国歌ですよね。政府は「さざれ石の巌をなりて」というのを一体、何を意味しているというふうに公式に言うてるのか、ぜひ明らかにされたいというふうに思います。


○山下委員 これは官報なんですよね。平成11年ですから1999年、このやりとりを国会の中でやって、それの質疑応答をやってるわけです。後のほうに質問主意書という形が出ております。石垣一夫さんという、どこの政党か、私、知りませんけども、この方が国旗・日の丸、国歌・君が代、法制化等に関する質問ということをやって、答弁があるわけですね。先ほど私が言うた「さざれ石の巌となりて」の解釈を問うと。
 さざれ石とは小石のことで、小石が次第に大きくなり巌をなるのは自然の理に反する教えではないかと。巌が砕けて自然に小石になるというのが自然的な意味ではないかと。義務教育ではどのように教えているのか、その見解を問うということで質問をされてるわけです。これに対する答えは、実は書かれていないんですね。書かれていない。
 それから、君が代は、これは私の知り合いで藤田友治さんという方が「君が代」の起源、「君が代」の本歌は挽歌だったと。死者を送るときの歌であるということで、お祝いの歌、あるいは長寿を祝う歌、いっぱい言われておりますけれども、挽歌であったということ、新たな学問的な研究というか、それが出てくるという、そういう状況がございます。
 私は、日の丸、君が代の問題というのは、極めて、一言で言うと、権力的な問題かなと思うんですね。そして、日の丸は一体、何を指すのかという政府の公式見解みたいなやつがあるようで、実はないのではないかと。君が代の意味についても、いろいろ言われてて、確かに公式見解的なものは存在するかもしれないけども、学校の現場では、実はそれは教えられていない。学校の先生すら「君が代」がどういうものなのかということについては、私は理解してるのかどうかというのは不思議なんですね。
 そういった日の丸、君が代を学校の現場の中で、ともかく内容、解釈については抜きにして、ともかく歌え歌えという、あるいは日の丸を掲げろと、こういった非常に指導とは無縁の強制というのが、今、全国の学校現場を席巻してるんではないかと、そういうふうに思うんです。
 それで、大阪府の教育委員会が本市に対して日の丸、君が代の問題について、どういった今は通知というんですかね、されているのか、これをお示し願いいたいというふうに思います。


○山下委員 私は、ことしの分はありませんけれども、昨年の1月5日に教育長が府立学校長様という形で「卒業式及び入学式における国旗掲揚、国歌斉唱について」という通知文のコピーがあります。この中で、国旗掲揚及び国歌斉唱は、生徒に国際社会に生きる日本人としての自覚を養い、国を愛する心を育てるとともに、すべての国の国旗及び国歌を尊重する態度を育てる観点から、学習指導要領に規定されているものでありますと。それで、生徒については、国旗、国歌の意義について理解をさせるよう努め、卒業式及び入学式においては学習指導要領の趣旨を踏まえて、国旗掲揚及び国歌斉唱が適切に実施されるよう格段の配慮を願いますと。ことしの文書も、これと全く一緒なのかどうか、お聞きをしたいというふうに思います。
 それから、国旗・国歌法の議論の中でも、国際社会に生きる日本人としての自覚を養いということと、それから自国の国旗、国歌ということだけではなくて、他国のといいますか、外国の国旗、国歌に対する理解についても深めていかなければならないと、大体そういったことが議論をされてるわけですけど、私は気分的に言いますと、よその国の国旗とか国歌とかいうのに対する理解とか尊重とか、そういったことが学校現場でされているんだろうかと。実際のところは、もう日の丸、君が代だけしかやっていないのではないかというふうに思いますけれども、外国の国旗、国歌に対する学習というのは、どういうふうになされているのか。私は、戦前の狭隘なナショナリズム、それの権現みたいな形の国旗、国歌の強制ではないかなというふうに思うんですね。アジアの国旗、国歌に対する尊敬の念とか、そんなんはカリキュラムとか学校教育の中で、どれだけなされているのかということについて、お聞きをしたいというふうに思います。


○山下委員 諸外国の国旗、国歌について、どういったことをやっていますか。国連の意味を教えるとか、そういったときに、関連して、よその国の国旗、国歌いうてね。例えば、よその国歌について、どういった歌詞で、どういった内容でということを教えてますか。


○山下委員 私は、やっぱり国旗、国歌という、これが国会の中で議論をされていく経過というのは、日本のやっぱり民族主義というたらあれですけれども、そういったもの、あるいはナショナリズム、それから、日本はかつての戦前のように、やっぱり某総理大臣が天皇中心の考え方の中で、日本がよその国よりすばらしいというような形で、日本民族の優秀性みたいなやつを戦前ずっと言うて、やっぱりアジアの国々に侵略していった、そういう過程がありますけれども、どうもそういった流れが、私はだんだんだんだん強まっているのではないかなという気がするんですね。そういった流れの中で、こういった国旗・国歌法が制定をされる、あるいは一番最初に言いましたけれども、東京都の強制ですね、こういったふうになっているんではないか。それから、教育というのは、あくまでも指導ですよね。最もなじまないのが私は権力やというふうに思うんですよ。
 東京都の中では、処分の乱発といいますか、そういった状況が出てると。それから大阪府の教育委員会の範ちゅうの中でも、東京ほどひどくはありませんけれども、ちょっとそれに似た事象が昨今、見られると、そういうことかなというふうに思います。
 私は、学習指導要領というのは、あくまでも通達とか告示とか、そういった次元の話でありまして、国旗、国歌というのは憲法の中にも、あるいは教育基本法の中にも何ら定めのない。そして、大事なのは、この議論の中で、当時もそうですし、現在もまだ公式的にはそういうことだというふうに思うんですけれども、こういう議論があります。
 先ほどの質問のやりとりの中で、「政府の新たなる国旗の法制化において国旗を、だれが、いつ、どこで、何のために掲揚せよとするのか。また、何を義務化させ、何を尊重し、何を自由意思とするのか、その見解を問う」と。これは国旗についても国歌についても同じような形で、質問主意書といいますか、出されております。その中に対する回答は、「政府としては、法制化に当たり、国旗の掲揚等に関し、義務づけを行うことは考えていない。したがって、現行の運用に変更が生ずることとはならないと考えている」、こういうふうに国旗については言っています。それから、国歌についても、「国歌の斉唱等に関し、義務づけを行うようなことは考えていない」、こういうふうに言っています。
 こういったのは、当時の国会への議論の中でもずっと言うてて、新たな義務を課すものはないというようなことをずっと言われておりますけれども、一たん法律ができますと、それを使ってやっぱり強制に動くと、こういったことが、この件に限らず、よくあることなんですね。
 それで、私は、本市の状況の中で、本会議の議論もありましたけれども、あくまでも国旗、国歌というのは、いろんな歴史的な経過もありますし、それから内心の自由ということもあるというふうに思うんですね。ですから、これは強制すべきものではないと。これは、当然、教育委員会もそう思っているというふうに思いますけれども、見解をお聞きしたいというふうに思います。


○山下委員 あくまでも指導の範ちゅうだと、こういうことを言うてるわけですか。要するに、学習指導要領、それにのっとってやっているからいいではないかと。私が言うているのは、強制する、しないということを言ってるんですよ。強制はおかしいのではないかと。だから、あくまでも指導というのは、それこそ教育的な指導やと思うんですよ。しかし、その指導は、あまりやり過ぎると内心の自由にかかわってくると。だから、おのずとそこら辺の限界といいますか、私は教育委員会の置かれている立場というのを全く理解していないわけではありませんけれども、私は日の丸・君が代というのは、過去の歴史的な経過もいっぱいある、この議論の中でもずっと言われているわけです。この官報の中でもね。政府の考え方の中に、過去、その日の丸・君が代が、どういった意味合いを持っていたのかと、そういった反省もしながら、しかし、新たにそういった反省の上に立って、世界の平和のためにどうこうということが言われているわけですね。
 ですから、私もそうやし、あるいはここにいらっしゃる方も日の丸・君が代については万々歳やと思ってる人ばっかりじゃない。保護者もそうだし、生徒もそうだし。だから、教育というのは、やっぱり一定の限界というのを持ってる。生徒の口をこじあけて歌わせると、そんなことなんかできないわけですね。ですから、私は、強制になることのないように対応すべきではないかということを言っているわけですので、強制すべきものではないという答弁をいただきたいんですが、いかがでしょうか。